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観光庁主催のベジタリアン・ヴィーガン受け入れセミナー

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新型コロナウイルスのため観光産業は苦境に立たされていますが、2021年1月14日に観光庁がインバウンドを意識した、ベジタリアン・ヴィーガン受け入れ対応のための無料オンラインセミナーを実施するそうです。ホームページを見る限りでは、先着50名なら誰でも受講できるようです。

その内容はホームページをご覧いただきたいのですが、少し気になることがありました。ベジタリアンやビーガンについて触れた文章でよく見かける表現ではあるのですが…ホームページから引用してみます。

他国では一般的となってきたところもある、ベジタリアン・ヴィーガンと言った食文化

https://hotelbank.jp/%E8%A6%B3%E5%85%89%E5%BA%81%E4%B8%BB%E5%82%AC%E3%83%99%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%B3%E5%8F%97%E3%81%91%E5%85%A5%E3%82%8C%E3%82%AA/

ベジタリアニズムやヴィーガニズムははたして「食」「文化」なのか。

まず「文化」という言葉。これは歴史的に自然に形成されてきたものを指す言葉だと思うのですが、ヴィーガニズムは文化でしょうか。少なくとも倫理学的な背景からヴィーガンとなることを選択した私にとって、その選択を文化と呼ばれることには非常に違和感があります。イギリスやアメリカやオーストラリアの哲学者たちがヴィーガンとなるのは、文化のためでしょうか(アングロ・サクソン文化?)。

あるいは、ヒンドゥー教徒がラクトベジタリアンであること。単に食事だけに関することとか、食を起点として広がる一連の実践であるなら、文化という捉え方もできるのかもしれません。しかしヒンドゥー教のラクトベジタリアンの場合は文化だからそういう食生活を送っているのではなく、もっと大きなヒンドゥー教という枠組みの中での具体的な実践の一例として肉を食べないのですから、その食生活自体を文化と呼ぶことは難しいのではないでしょうか。

それから、「食」という言葉。確かにベジタリアンという言葉には食に関する選択だという含みが強いと思います。たしかに、肉が嫌いだからとか、肉を食べないほうが体型維持によさそうだといった理由でベジタリアンとなった人も少なくはありません。世間一般の理解も、ベジタリアンやヴィーガンというのは食に関する選択だというものでしょう。

しかし、少なくとも一部のベジタリアンやヴィーガンは、「動物を苦しめるべきではない」とか「環境に対する負荷をできる限り小さくしなくてはいけない」といった価値観のもと、包括的な実践の一部として、肉を食べないという選択をしているのです。だから、革製品を買わなかったり、動物園や捕鯨に反対していたりもするのです。

食は人間が生きるうえで日常的な不可欠の要素なので、そのぶん配慮すべき場面が多くなります。それでも、ベジタリアニズムやヴィーガニズムを食についてのものと捉えるのでは、スコープが狭すぎます。

今回のセミナーは、紹介文を書いた人の理解あるいは配慮が足りないだけで、実際には動物解放論などの思想的背景にも触れてくれるものなのかもしれませんし、そうであることを願います。一方で、もしあくまで「食文化」としてベジタリアニズムやヴィーガニズムを捉えたものなら、料理だけベジタリアン対応にしておいて昼間は水族館に行くようなツアーも問題ないことになってしまいます。